ローレンツTEMでピント合わせのコツをつかむ

ローレンツTEMでは,磁性材料の磁区構造を視覚的にとらえることができます.

ただ,通常のTEMで数万倍までの像が見れるようになった私ですが,ローレンツTEMはどうも苦手でした.ピントを合わせようとしてFocusを回すと像・ビームが大きく動いてしまい,ピント合わせが大変面倒くさかったのです.通常のTEMでは,きちんとアライメントをとっているのに,なぜ? と思っていました.

ローレンツTEMでは,磁性試料により(またはローレンツレンズのアライメントがおかしい?)ビームが大きく曲げられるせいか,コンデンサ絞りがセンタリングされていないことに気がつきました.アライメントを取った後はあまりいじらないほうがいいと思い込んでいたのですが,コンデンサ絞りがずれているということは,アライメントを取り直さないといけないので,覚悟を決めて,一から調整することにしました.

↓ コツをつかむ前のローレンツTEMの像.
蛍光板を撮影したものです.中央から右にかけて,析出物の列が見えるはずが,
ぼやけていて良く分かりません.磁壁の白黒の線も太すぎです.

ここから は,私 がフィリプス社TECNAI30 LorentzというTEMを実際に使ってみて,うまくいった手順の記録になります.もしかしたら嘘や必要のないことだったり,他社製のTEMでは全く違った操作になるかもしれません.もしも,この記事を参考にされる場合は自己責任でお願いいたします.

ローレンツTEMでピント合わせまでの手順

1.まず,通常のTEMで,見たい場所付近のスケッチを取っておく.

ローレンツにするとビームが飛んでしまって見えなくなったり,像の角度も変わったりするので,何もしてないと確実に迷子になります.まずは,見たい場所付近の地図を通常のTEMで観察して,記録しておくことをお勧めします.ただ,試料の角度がずれると,これまた像が大きくゆがみ,同じ場所なのにかなり違う像になることもあります.ですので,できるだけ大きな特徴をつかんでおくことが重要です.

2.ローレンツモードにして,像を探す.

ローレンツモードで嫌だったことは,上でも言いましたが,ローレンツモードに切り替えたときに,ビームが飛んでしまい,ほぼ確実にビーム・像が消えてしまうことでした.初めての頃は,なかなかビームを見つけられず,それだけでやる気がなくなってしまいました.気づけば簡単なことなのですが・・・

像を探すには,まず最低倍率にします.そしてビームを広げれば見つかるかもしれません.それでも見つからない場合は,ステージ移動させて探しますが,トラックボール・ジョイスティックは使わずに,ソフトウェアにある「座標を指定して移動」をします.ステージの移動範囲はx軸, y軸それぞれ -1.0mm ~1.0mmですが,まず,(500um, 500um)へ移動,次は(-500um, 500um) → (-500um, -500um) →(500um, -500um)→(500um, 500um) の順で一周させればどこかで見つかると思います.

事前に,対物絞り,制限視野絞りを除いておくことを忘れずに(これは実によくやる失敗です・・・)

3.見たい場所とビームを視野(蛍光板)の中央に移動させる

この項目は基本中の基本ですが,ローレンツモードではなぜか癖があります.通常のTEMではビームシフト・トラックボールとステージ移動トラックボールの2つで移動させます.ところが,ローレンツモードは,ビームシフトではビームが思ったように動きません.そこで,ガンシフトでビームを移動させています.(なんか光軸がずれそうで怖い気がしますけど,それしか方法がありません.)

次にステージ移動ではトラックボールで動くことは動くのですが,通常のTEMとはなぜか違う方向に動き,最初かなり混乱しました.慣れればいいだけの話ですけどね.

4.倍率を少し上げて,ビームのコンデンサ絞りを調整する

ここで,ビームの広がり方をチェックします.おそらく楕円状になったり,ビームの中心が移動したりします.

ビームを広げたときに,ビームの中心が移動する場合は,コンデンサ絞りを調整します.ビームを一番絞ったときの位置Pを覚えて,ビームを広げたときのビームの中央をPに一致させるように,コンデンサ絞りの位置を調整します.

ビームを絞ったときに楕円状になる場合はコンデンサ非点を調整します.ビームを広げたときに楕円状になる場合は対物非点が出てると思います.ピントを調整して像が一方に流れて見えるようであれば,対物非点を調整します.

あと,磁性材料の場合,試料がない所と,ある所ではビームの広がり方が異なってきます.最初試料のないところでビームを調整して,試料の上にビームを移動させたとき,ビームがゆがむようであれば適宜ビームの調整をします.

これだけでも,像質は大分良くなると思います.

これ以降は,直接光軸関連のアライメントをいじっていきます.ソフトウェア上のダイレクト・アライメントの項目を順番に実行していきます.

5.ガン・ティルトを調整して,ビームが一番明るくなるようにする.

ビームが明るいことはいいことです.カメラの露出時間の数値や,目視でビームが一番明るくなるように調整します.

6.Beam Tilt Pivot Point X, Y を調整する

ビームが揺れるので,揺れが最小になるように調整します.

7.Coma-free Pivot Point X, Y を調整する

これもビームが揺れるので,揺れが最小になるように調整します.

8.Coma-free Alignment X, Y を調整する

2つの像が交互に表示されるので,2つの像のフォーカス具合が同じになるように調整します.

9.ローテーションセンター(電流軸)を調整する

像が動くので,動きが最小になるように調整します.
この段階で,ピントを調整し,像が流れるようであれば対物非点があるので調整します.

ここで,解像度に満足できなければ,4に戻り,倍率を上げてチェックしてみます.4でコンデンサ絞りを調整したら,また光軸がずれると思うので,5~9の光軸調整を行う必要があります.4~9を繰り返すことで,像質が向上していくと考えています.

私の場合,上記の手順で,下図のように金属の転位の細い線が線として認識できるくらいまで解像度が向上しました.これでローレンツTEMにおける当面の技術課題はクリアできました.

↓ ローレンツTEMにおける最高の解像度の写真
析出物(下)の形がはっきり分かり,100nm~200nmほどの転位が線として認識できる

さて,ローレンツTEMで苦労した甲斐があり,TEMの光軸を積極的に調整していくコツをつかむことができました.おかげで通常のTEMの明視野象の解像度も向上し,高分解能TEMで原子配列を観察できる解像度まであげられそうな気がしてきました.

次回は,高分解能TEMについて書いてみようと思います.

(つづく)

TEMのピント合わせ はじめに

私は,TEMのほかにSEM(走査型電子顕微鏡)も経験があるのですが,SEMと比較すると,TEMのピント合わせは格段に難しいです.

SEMのピント合わせに必要なのは,ある程度コントラストが調整できている場合,Focusと非点のつまみだけですが,TEMではさらに光軸の調整が加わってきます.

さらにTEMではコントラストが乏しく,非点がでたときの像の流れがわかりづらいです.試料の中の適切な位置(アモルファスパターンなど)を見つけ,Focusをわざとずらしたり,ビームの大きさを変えながら,像の流れ,コントラストのバランスを見ながら非点を調整していきます.

最近のTEM修行で,ローレンツTEMをやっているうちにピント調整と非点除去のコツが見えてきましたので,何回かに分けて報告したいと思います.(最終的に高分解能TEMでのピント合わせまでいければいいですが,果たしてうまくいくでしょうか?)

なお,我々のTEMは,フィリプス社 TECNAI30 Lorentzです.他のTEMを全く知らないので,操作を説明する際,TECNAIで用いられる用語をそのまま用いるので,他の会社のTEMの参考にならないかもしれません.

また試料は鉄系の強磁性材料がメインになります.

(つづく)

子ども・ものづくりセミナー開催

8/2, 3に岩手大学で「子ども・ものづくりセミナー」が開催されます.

テーマは,岩手の特産品である南部鉄器の基本的な技術である「鋳造」です.

午前中,鋳造に関する講義や,大学内にあるミュージアムの見学,学内の散策を行い,
午後から子どもたちに実際に鋳造を体験してもらう鋳造実習が行われます.

鋳造実習では工学系技術室から2名が講師として参加します.

各日の詳細情報(PDFファイル)は下の日付をクリックすればご覧になれます.

詳細情報→8/2, 8/3

HPリニューアルして半月

技術室のHPがリニューアルされ半月ほどたちました.

おかげさまで学外・学内とも色々なところからアクセスが来ています.が,学外のアクセスの約半数くらいが,トップページを見ただけで帰っていってしまいます.これについては,偶然来ただけかもしれないので,しょうがないのかなという気がします.残りの半数は,主に大学関係者が多く,特定の分野のコンテンツを読まれているようです.

あと,早くも検索サイトからやってくる方もおります.キーワードはXRD, TEM関係です.検索サイトからのアクセスを期待する場合,まず記事を書かないと始まりません.とりあえず記事を書いて検索に引っかかれば,そのキーワードから,読者がどのような情報を必要としているかが分かりますので,記事を書くときの参考にできます.

今のところまだ記事が少ないので,検索キーワードの傾向はなんともいえません.私個人的には,いろいろな失敗談をどんどん載せていこうと思います.他にも実験で学生の陥りやすい罠とか,ちょっとした問題解決のヒントなど,技術職員の皆さんの豊富な知見のほんの少しでもいいので私まで一報ください.是非公開して,みんなの役に立てましょう.

あなたは一体、何モノなの?

皆さんは他人である個人を識別するとき、どのようにしていますか?
知り合いならば恐らく「顔」を見れば、その人が誰だか分かりますよね。
もしかしたら「声」を聞くだけでも分かるかも知れません。
実は物質にも「顔」があります。
『はぁ? どこに?』

まぁ残念ながら、肉眼で見るにはチョット厳しい大きさですが・・・。
でも「ある道具」を使うと見られるんです。それが「X線回折装置」です。
では早速、その「顔」を見てみましょう。

『ダマされた・・・・、ただのグラフか・・・・・(怒)。』
おっしゃるとおり、ただの「グラフ」ですが、実はこれが物質の「顔」なのです。
しかも、左側の方は彫りのはっきりしたなかなかのナイス・ガイ(?)です。
『それじゃぁ~、どこが目で、鼻で、口なのよ~』と思った方は、まぁ冷静に。
もう一つ、右側の別の「顔」も見てみて下さい。
こちらはまた特徴的な「顔立ち」です。もしかしたら「ハーフ」か「クウォーター」かも。

これら二つの「顔(=グラフ)」の山と谷を比べてみると、皆さんも気づいたでしょう?
そう、この二つの物質が全くの「別人」であることに。
『まぁ、別な人だとは分かったけど、それじゃぁ、一体誰なのさ?・・・・』
確かにそこまで知りたいというのが人情ですよね。

もともと知り合いの人同士ならば、顔を見れば誰だか分かるし、その人の名前も知っているのが普通です。では、全くの見ず知らずの人だったらどうでしょうか?
初めて会った人だったとしたら、何の手がかりもないですよね。
もちろん名前なんて分かるはずもありません。

<チョット、break time>

最近、テレビでは「刑事ドラマ」が盛んに放送されていますね。
それにしても「イケメン刑事」ばかり・・・・(苦笑)。
刑事さん達は毎日、凶悪犯との攻防を繰り広げています。
その刑事さん達にとっても、必死に追いかけている犯人は見ず知らずの人です。相手が日本人なのかどうかすら分かりません。だから参考となる情報が是非とも欲しいわけです。
「プロファイリング」って言葉を皆さんは耳にされたことはありますでしょうか?
警察には過去に発生した事件のデータが蓄積されています。今まさに追跡すべき犯人が関わっている事件の特徴をこのデータベースと照合することによって、「犯人像」を導き出すという手法です。行動範囲、職業、年齢層、性別などなど、「顔」を知られていない犯人の姿を何となく浮かび上がらせることが出来ます。これを絞り込んで行くとやがて犯人の名前が分かり、そして「顔写真」が入手できることもあるでしょう。

<Now, time up>

「X線回折装置」には10万件の物質データが蓄積されています。
しかも全部「顔写真」付き。
『いゃ~、これで助かった。百人力だな。』
では早速、先の二つの物質の「顔」をデータ照合してみましょう。

すると、一人目は「Si(シリコン)」さん。

そして、二人目は「Al2O3(酸化アルミニウム)」さんだと判明。
(両者とも、赤色の「顔データ」に緑色の「蓄積データ」がピッタリと一致しています。)

『いやいや全く、手こずらせやがって・・・・。ついに正体を曝いたぞ(満足)。』
めでたし、めでたし。

でも実はこんなに上手く正体を突き止められるのは、珍しいこと。
現実の物質には様々な不純物が知らず知らずのうちに混ざり込んでいることが多いのです。
従って、『右から見ると「Aさん」なんだけど、左ナナメ下から見ると「Bさん」なんだよなぁ~』というケースに泣かされることもしばしばあります。

岩手大学にはこういうことができる最新の装置がありますよ。
皆さんも、物質の「顔」を一度、見てみませんか?

(著:材料機能技術分野メンバー)